楽天涌井投手にみるノーノーの難しさ

スポーツ

楽天の涌井投手が昨日のソフトバンク戦で、ノーノーを惜しくも逃した。

いうまでもなく、ノーノーとはノーヒットノーランの略で、日本語では無安打無得点試合(1本もヒットを許さず、さらに1点の得点も与えない試合)のこと。
さらに、1人のランナーも出さずに試合を終える試合を完全試合と言って、ノーノーよりも達成が難しい試合だ。

これまで日本においてノーノー達成者は、レギュラーシーズンで81人が計92回(3回達成が2人、2回達成が7人)、ポストシーズンで1人が1回のノーヒットノーランを記録。その数合計82人
さらに、球団でいうと現存する球団では東北楽天ゴールデンイーグルスのみノーヒットノーランを達成していなかった。

涌井投手が打たれたのは、9回表6-0、1アウトランナーなしで迎えた場面。打者は代打の川島。2-2からのストレートをどん詰まりさせたのだが、力なく上がった打球はちょうど2遊間の間にポトリ。記録はもちろんヒットでノーノーがついえたのです。

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打ったのは川島選手

打った川島選手のこの打席までの打率は.233、安打数は13。涌井投手の調子なら抑えてるのが普通で、現に芯を外したどん詰まりの打球を打たせていた。しかし、不運にも打球は野手のいないところへ飛んでしまったのです。

そうです。ノーノー達成には実力+運が必要。そういう意味ではあと2人の場面でポテンヒットにも似たような当たりでヒットになった涌井投手は不運だが、実はそれ以上に不運な人もいる。

西武西口投手は4度も逃す

なんと西武の西口投手は過去、4回もノーノー(そのうちの1つは完全試合)を逃している。
獲得したタイトルは最多勝利は2回(1997年、1998年)、最多奪三振は2回(1997年、1998年)、最高勝率は1回素晴らしい成績の超1級投手。

<1回目>
1996年9月23日の対近鉄バファローズ戦。
初回に二番打者の水口栄二に安打を打たれたものの後続を全て抑え、途中8連続奪三振の活躍(日本記録は梶本隆夫、土橋正幸の9連続)で1安打10奪三振、6-0の完封勝ちをあげた(打者28人)。なんとこのとき西口投手は一度目の「準」完全試合を達成していた

<2回目>
2002年8月26日、対千葉ロッテマリーンズ戦。
福浦選手の四球による出塁1つに抑えて9回2死までノーヒットノーランだったが、小坂選手に中前打されて逃した。次のサブロー選手にも右前打されたが、西口は何とか後続を抑えて2安打1四球、6-0の完封勝ち。

<3回目>
2005年5月13日、対読売ジャイアンツ戦。
清原和博の死球による出塁1つに抑えて9回2死までノーヒットノーランだったが、清水隆行にスライダーを右翼席に本塁打されてノーヒットノーランはおろか、完封さえ逃した。1安打1死球、6-1の完投勝ち。

これだけでも十分に不運とはいえ、自分で打たれたので納得はすると思うが、4回目は不運を通り越して悲運。実質、完全に抑え切っていたのだから。しかもノーノーではなく完全試合で。

<4回目>
2005年8月27日、対東北楽天ゴールデンイーグルス戦。
西口は9回終了まで完全に抑えていたものの、味方も0点で延長戦に突入。その延長10回表、沖原選手に安打を打たれて快挙を逃した。このような形で延長戦で完全試合を逃したのは史上初、ノーヒットノーランでは9人目。

その後は山﨑武司に四球を出すが無得点に抑え、その裏の頭から登板した福盛和男から石井義人がサヨナラ適時打を打ち、結果は10回1安打1四球、1-0の完封勝ちとなった。

仮に西口がパーフェクトピッチングを続け、西武の打線の援護でサヨナラゲームを決めれば、1994年5月18日の槙原寛己の完全試合から約10年ぶりの完全試合となるところだった。
現在、この記録は完全試合の参考記録とされている。

西口投手といえば、日本シリーズでも運に見放されている。日本シリーズでの登板回数は7度。いずれも先発だが、1度も勝利していない(5敗)。

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ダルビッシュ投手も完全試合未遂

ダルビッシュ投手も完全試合を未遂している。しかもメジャーでの試合で。

2013年4月2日の敵地アストロズ戦だった。メジャー2年目の初先発となった試合で9回2死まで完全投球を続けたが、9番マーウィン・ゴンザレスにセンター前に打たれて、万事休す。

この年ダルビッシュは13勝9敗、防御率2.83、277奪三振の好成績を残して、最多奪三振のタイトルを獲得した。

ノーノーや完全試合はやろうと思ってできるものではない。運の要素がかなりあるもの。

涌井投手にもきっと運が巡ってくると思うし、そう思いたい。