原爆の日にみる「欺瞞」

政治

今日、8月6日は広島に原子爆弾が投下された日だ。

75年前の8月6日68時15分、アメリカが日本の広島市に世界で初めて核兵器「リトルボーイ」を実戦使用した。

この人類史上初の核攻撃により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万 – 16万6千人が被爆から2 – 4か月以内に死亡した。

そして8月6日は戦後、「原爆の日」とされ毎年追悼が行われている。
追悼の本来の趣旨は、原爆で亡くなった人たちの霊に哀悼の誠を捧げるはずなのだが、必ず政治的な横槍が入る。今年もまた繰り返された。

朝日新聞は、「松井一実広島市長は核兵器禁止条約に賛同しない日本政府に署名・批准を求めたが、安倍首相は昨年に続いて核兵器禁止条約に言及しなかった」と批判している。

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核兵器禁止条約の欺瞞

この条約の目的は、核兵器の全面廃止と根絶である。

2017年7月7日に123か国・地域の賛成多数により採択されたが、全核保有国は反対または棄権、アメリカの核の傘の下にあるカナダやドイツなどNATO加盟国や、親米で二国間軍事同盟を結ぶ日本、オーストラリア、韓国なども反対。スイス、フィンランド、オランダなどは棄権した。

核保有国とは、核拡散防止条約(NPT)で保有が認められている米・中・英・仏・露の5大国の他、印・パキスタン・北朝鮮が保有を表明している。またイスラエルも公式な保有宣言や核実験はしていないものの、実質的に保有しているとみられている。

(出典:毎日新聞)

核兵器禁止条約の無意味なのは、実質的に核を保有している9か国が反対または棄権しているところにある。

普通に考えて核を持っている国が自ら放棄をするはずがない。百歩譲って放棄しますと言ったところで、その約束をまもるはずもないし、放棄したことを確認するすべもない。

実際、2019年2月のハノイ会談で米国トランプ氏は北朝鮮に全ての核施設を廃棄し、核兵器と核燃料を米国に引き渡すよう求め、これに対して金委員長は寧辺の核施設を廃棄する見返りに制裁を解除するよう提案した。

寧辺の核施設の放棄は基本的に「将来の核」の放棄にとどまる行動で、「現在の核」を廃棄することにはならない。北は核を放棄する気はなく、外交の手段として使っているに過ぎない

北朝鮮1国の核を放棄させることすら容易ではないのに、9か国全ての核を放棄させるのは、はっきり言って絵空事にしか思えない。

現実に北や中国の兵器は日本全国を射程に納めているし、照準は日本に向いている。いざとなれば、核兵器を使用することもためらわないだろう。

日本が核を保有していない以上、アメリカの核の傘の中で生きるしかないことは自明であり、アメリカが賛同しない核兵器禁止条約に日本が賛成すれば、核の傘から自ら外れることを意味する。そんなことは非現実的でありえない。

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地球上にある核兵器の数

この地球上には、米4,000、英215、仏300、中、露4,300、印130、パキスタン140、北10、イスラエル80と、およそ9,000発の核兵器がある(2017時点)。そしてその9割が米露が保有している。

しかし、実際には核兵器は数ではない。核兵器の持つ破壊力からすればたった1発で十分すぎる。1発あれば人口1,000万人の都市に2度と立ち上がれないダメージを負わせることすら容易だ。

だからこそ、あの弱小国の北朝鮮が世界最大の軍事大国アメリカと1対1で首脳会談ができた。

(出典:朝日新聞)

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ノーベル平和賞のオバマ元大統領の欺瞞

オバマ氏で有名なのはプラハでの演説である。この演説でノーベル賞を獲ったとも言われている有名な演説で、オバマ氏は確かにこう言った。

「私は本日、信念を持って表明する。米国は、核兵器のない世界の平和と安全を追求するのだと。私は、甘い考えを持ってはいない。

この目標は、直ちに達成される訳ではない、恐らく、私の生きている間は無理であろう。この目標を達成するには、根気と忍耐が必要である。だが我々は今、世界は変わり得ないという声を気にしてはならない。「我々はできる (Yes, we can)」と主張せねばならないのである」

オバマ氏の欺瞞は2つある1つは生きている間は無理だろうと言ったことだ。これは大統領の座に就いている期間どころか、引退してもオバマが生きている間はできないという意味であり、核廃絶をする気がないとみるのが自然だ。

さらに、オバマ氏はそれを証明するかのようなことを行った。2016年5月の広島訪問だ。その中でオバマ氏はこう言った。

「71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、世界が変わってしまいました。閃光と炎の壁が都市を破壊し、人類が自らを破滅させる手段を手にしたことを示したのです。

なぜ私たちはここ、広島を訪れるのか。私たちはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをはせるために訪れるのです」

ググればオバマ演説の全文が見られるので見て欲しいが、核廃絶するという発言はなく、すべてセンチメントなきれいごとだ。

実際オバマ氏から数歩離れたところには、いつものように、核兵器発射コードの入ったカバンを持つ軍人が立っていた。

もう1つの欺瞞は、その1年前の2015年には今後30年間に1兆ドル(100兆円)を費やして米国の核兵器の近代化を進めようとしていたことだ。1兆円ではない1兆ドルの予算でだ。

核兵器だけでなく、通常兵器もジョージ・W・ブッシュ前政権の8年間とオバマ政権の8年間を比べると、総額はブッシュ政権が3兆3040億ドルだったのに対し、オバマ政権は4兆1212億ドルに上る。

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メディアの欺瞞

NHKは、被爆地・広島の街は6日一日、犠牲者を追悼する祈りに包まれるとともに、「核抑止力による平和」ではなく「核兵器のない平和な世界」の実現を願う被爆者の声に向き合い、その訴えを国内外に発信することにしています。

核抑止力による平和ではなく核兵器のない平和を本気で言っているのなら、恐るべき欺瞞だ。

いつも思うのだが、 NHKに限らずどのメディアも、他の政策にはマイルストーンや、実現方法を求めるのに、こと核兵器廃絶になると不思議とあるべき論に終始し、社会もそれを許すのである。

もしも、本当にメディアがそれを訴えるのなら実現可能な方法の具体案を示すべきだ。しかし、それはできない。できないと知っているからだ。

西部邁氏が2年前に某番組で言っていた。

人類は一度手に入れたものを放棄などしないだろう。この世界で核廃絶などという綺麗事を叫んでも所詮たわ言に終わる

田母神俊雄氏は数年前こう言った。

「我が国には、非核三原則という国の方針がある。核兵器を造らず、持たず、持ち込ませずというものである。

そして、これに関しては議論することさえはばかられるような状況である。核武装は、端から悪なのである。核武装の議論も出来ないようでは、自由民主主義の国家とは言えないのではないか」